社員は社長と私、バイトの女子が1人、計3人しかいない会社に勤めている。
業務内容はというと、委託契約している建築業者や清掃業者に、
ウチに登録している作業員を現場に送るため、電話やメールで連絡をすること。
「作業員=派遣バイト」みたいなものと考えてもらえると分かりやすいだろう。
こちらから作業員に仕事をお願いすることもあれば、作業員から仕事はないかと問われることもある。
現場に送る作業員が決まったら、業者に連絡をする。
電話だけで済み、難しい仕事ではない。
しかし、ストレスが溜まるようなことが多々起きる。
平気で遅刻はするわ、当日バックレるわ、ろくでもない作業員があまりに多い。
そんな時、朝から業者に電話で怒鳴り散らされるのは当然私。
当の作業員はそのまま連絡が取れなくなって自然消滅。
そんなことが週に2~3回も起こるのだ。
先日はこんなことがあった。
「今、到着して現場の人に会ったんですけど、呼んでないから帰れって言われました」
作業員からの電話で起きた。
この世で最も嫌なモーニングコールだ。
「呼んでない」というのは、ウチに依頼をしていない、という意味だろう。
でも、そんなはずはない、間違いなく依頼されたから彼を送り込んだのだ。
彼はこの日が初出勤の21歳。
4日前まで3年間も国に収容されていた奴だ。
18歳から3年もぶちこまれるって、一体何をしたんだろう…。
「そんなはずないから、ちゃんと会社の名前名乗ってもう1回話してみて」
「名乗ったんですけど、呼んでないの一点張りで、ろくに話も聞いてくれないんです」
この時点ではまだ嘘だと気付かなかった。
「じゃあ現場担当者の電話番号教えるから、掛けてみてくれる?」
「はい、分かりました」
これで解決するだろう。
さっき帰れと言った人は依頼してくる担当者とは違う人だから、ウチから1人行くことを知らなかったんだろう。
しかし、数分後。
「何回掛けても出ないです!」
「マジで? じゃあ俺が掛けてみるからそこで待ってて」
時間も時間だから、朝礼でも始まってしまったのかな?
「もしもし」
「あ、おはようございます(会社名)の(私の苗字)と申しますが…」
1発で、しかも5コール以内に繋がった。
事のあらましを簡単に説明する。
「いや、1回も掛かってきてないですよ、着信履歴にないですし」
履歴にない…たまたま電波が悪かったのか?
私はすぐに彼に電話をした。
「今、俺が掛けたら出たから、もう1回掛けてみて」
「分かりました」
そして数分後。
「やっぱり出ないです!」
「え? コールはしてるよね?」
「はい、もしかしたら俺の番号を知らないから出ないのかもしれません」
「いや、俺の番号も知らなかったはずだからそれはないな、もう1回掛けてみて」
「はい、でも電池が切れそうなんです、充電を忘れた自分が悪いんですけど」
「じゃあ急いで掛けて」
そしてまた数分後。
「出ないです!」
「はぁ? 何でだろう?」
「分かんないです…それと、遅刻しそうだったんでタクシー使ったんですけど、その交通費ってもらえるんですか?」
ここでやっと気づいた。
こいつ、行ってないな。
行かずに何とかして金を請求しようとしていやがる。
少し泳がせてみよう。
「領収書はあんの? いくら?」
「すいません、急いでたんでもらってないんですけど、3000円でした」
「じゃあ無理だね、そもそも遅刻は自分が悪いんだから、ウチは電車代しか出さないよ」
豹変した私に驚いたのか、奴は数秒無言になった。
ただ社会の常識を述べただけなのに。
ここからさらに追い込んでみる。
「それでさ、さっき現場担当者に掛けた電話番号が間違ってないか確認したいから、
発信履歴のスクリーンショットをラインで送ってくれる?」
行っていないなら電話をしていないはずだ。
「あ、これドコモだからスクリーンショット撮れないんですよ」
「そうなの? じゃあ絶対に発信履歴消さないでおいて、今度見せてもらうから」
「どうしてですか?」
「このまま現場に入れなかった場合に、現場担当者に見せたいんだよ。
あんたのせいで帰らされたんだけど、どうしてくれるんだって」
また無言になる。
「だって、行ってるんだよね?」
「…はい」
「せっかく行ってくれてるのに…ごめん。
ついでに悪いんだけど、今いる場所の写真をスマホで撮ってラインで送ってくれる?
それも行った証拠として取っておきたいから」
「分かりました」
「今日は帰っていいよ、担当者に電話しておくから」
そして私は現場担当者に電話した。
「大変申し訳ございません、予定していた者がバックレてしまいまして…」
数分に渡って怒鳴りつけられた。
スクリーンショットも写真も送られてこないまま、彼は音信不通になった。